遺産相続

遺産相続のトラブル

遺産相続のとき、俺んち揉めると思う。

 

兄弟仲は非常に良いんです。

 

オレ家に寄生してますが、次男なんです。

 

兄ちゃんは同市内と近所に住んでるんですが家を出ています。姉ちゃんは結婚して赤穂に嫁ぎました。

 

兄ちゃんは近所なので、ちょくちょく帰ってきます。だから親は「いらっしゃい」じゃなく、「お帰り」と言います。

 

兄ちゃんは家も田んぼもいらんとと言います。全部お前が継げと。家に住むと田んぼとかしないとダメだし、煩わしい田舎の村の付き合いやイベント事に付き合わなくてはならないからです。

 

でも親は家等の相続は長男がするもんだと考えています。父親は長男なのに婿養子という珍しい境遇なのに。

 

オレは未婚です。結婚する気もありません。だからオレが継ぐと家は断絶します。
兄ちゃんは結婚する予定は無いと言ってますが、不細工な彼女はいます。

 

薄給でいつリストラされるか分からない状態のオレは、住むところが欲しいんで継ぐつもりです。

 

でも、いざ家が手に入るとなれば兄ちゃんの彼女がスケベ心を出すと思うんです。
実際俺んちに来て自分の立場が不利になりそうだとオレに向こう行け!とか言って追い出すし、チャンネル権争いでオレより上位と認識してる。そして冷蔵庫を勝手に開けるレベルで俺んちに馴染んでる。

 

多分ないだろうけど、姉ちゃんの方も何か起きるかもしれない。

 

両親は70と60。だから頭がまだハッキリしているうちに遺言書を書いて法的に受理されるような手続きをしておいて欲しい旨を伝えると、「ワシは死なん!」とまさかの不老不死宣言。いや言い直します。やはりの不老不死宣言激怒付き。だから基本的になる関わらないようにしてるw

 

人間はいつ死ぬか分からない。明日死ぬかも分からない。これが理解できないらしい。

 

去年、大震災、大津波である日突然多くの人が亡くなったのを目の当たりにしているのに。
一昨年、息子が、ある日起きたら急に体調不良で、その後意識不明になって、1週間死の淵を彷徨ったのに。

 

自慢の「経験」があるのに。

 

「アホやから仕方ない」と美化正当化。

 

 

生まれたときから家、土地を持ってて当然で、知り合い縁者みんな持ってるから、家、土地は財産という認識が明らかに希薄。
生まれてからこの方、ずっと夢のマイホーム暮らし。家賃とか払ったことないからなんでしょうか。
アコムクレジットカードを利用することすらなかっただろう。
でもオレは家賃を払った経験(生活費は入れてます)がないけど、家や土地は先祖がくれた素晴らしい財産だと思う。

遺産相続と会社の話

月曜日、病院に行ったら「インフルエンザは治りましたね。もう会社に行ってもいいですよ」と。
月曜日の朝、休みの連絡を入れた際に「診断書は要りますか?」と聞いたが、特に会社の規定はないのでいらない、という返事でした。

 

病院から帰って来て、ワロワと労働相談に聞いた事を元に、どうすればいいのか、前もって私が働いている所の「労働基準監督署」へ電話し、私がどうすればよいのか、アドバイスをうかがいました。その言葉とおりに行動する事にしました。

 

結果、もう1日も行く必要はないから、電話で「有給休暇を頂きます」と言えばいい、と。
それはさすがに乱暴かな?と思ったので、「明日行きます」と答え、どのように書けば良いのか、言われたらどのように答えたら良いのか、など色々アドバイスを貰い、有給休暇申請書を書き、コピーを取り、有給という事にして午前中行って、申請書を渡し、そのまま帰って来なさいと。

 

で、何かあった時の為に、と父が10時半頃に会社に来てくれる事になった。

 

で、昨日。会社に行ったがみんな普通の状態で、普通に日常の業務を振ってくる。

 

ま、想定内だったのだが。今までの人で辞めた人で有休を取って辞めた人がいないから。
で、最終日にいきなり「今日で辞めます」パターンだったので。

 

日常の業務をし、自分のやっていた仕事のうち、個人的な物を処分したり片づけたりしていたら、同僚の男性が「お父さん来られましたよ」と。まだ片付けが終わってない事と、社長家族がまだ来ていない事を伝え、渡したらすぐ帰る、と父を待機させ、男性の同僚に「ちょっとね」と言っておきました。

 

片付けも出来てきたので、専務(社長の息子)に、「先日社長にうかがった事でこれを持って来ました」と有休の申請書を渡したらあっさりOKだったので、ホッと一安心、もつかの間「退職届は?」と。

 

で、色んな人にアドバイスを受けたように「私から辞める、と言った訳ではないので、書けません。」と返答すると、四の五の言って来て、私が書く意思がない事を強調すると「退職届を出さずに辞めると厳罰に処しますよ」と脅迫(-_-;)今更辞めさす人間に厳罰もないやろう、と「結構です」と答え「片付けが終わったら帰ります」と伝えた。 この日にアコムマスターカード申し込みしたんだったな。

 

しばらくしたらマネージャー(社長の娘。会話の途中で「常務」に昇格(笑))が、「こんな有給休暇は認められない」とか「引継の仕事をしてもらわないと困る」とか、また何だのかんだの言ってきた。

 

まぁ、ハッキリ言ってけんか腰、ですね。こちらも闘うつもりだったので、それに合わせて売り言葉に買い言葉で応戦してたら、女の同僚がいらん口をはさんで来て「アンタ、自分の事不当解雇とか思ってるんやろう」とか「有休を認めるかは社長が決める事でアンタが決める事ではない」とかいっぱい言ってきた。「そちらが辞めろと言ってきたので、私には関係のない話です」とか、労働基準監督署の方に言われたとおり返答し、何度も私が「不当解雇」と糾弾したように言ってくるので、そこは何度も否定した(だって、別に「不当解雇」と思ってないもん。「これ幸い解雇」って思ってるもん(笑))。

 

で、何度「有休は許可制じゃない」と言っても「変更権はききませんよ」と言っても聞かない。埒が明かない。

 

恥ずかしい話だが、親に介入してもらう事にした。

 

で、ちょっと態度を変えてきたが、それでも「許可出来ない」「出勤してもらわないと困る」「会社に不利益を与える」とそればかり。

 

で、結局は「引継は別の日に出勤してもらう」「所定の用紙でないからこの申請書は認めない(が、申請書をくれ、と言っても次回来た時に渡すので、今は渡せない、の一点張り)」「有休を許可するから医者の診断書を持ってこい」と何度も念を押された。

 

会話の途中で、「世間知らず」とか「常識知らず」と言われたので、自分はわからないからちゃんと「公的な行政機関に相談し、アドバイスを受けた。それ従って行動している」と伝えたら、「そんな事言う訳がない」と言い、誰が言ったのか執拗に聞いてくるので「労働基準監督署のIさんという方で昨日話を聞きました」と答えたら、「そんな嘘教えるなんて、仕事してない事だ!抗議の電話を入れる!」と息巻いていたので「どうぞ」と言っておいた。帰り際に電話しているようだった。

 

で、話は決別したまま、一旦家に帰ってお昼を食べ、再度労働基準監督署へ電話し、Iさんと話をした。

 

前日に私の名前、会社名、内容を伝えていて、「どうなりました?」と聞かれたので、大揉めに揉めた事、そして会社が抗議の電話をする、と言っていたのですが、電話ありました?と聞いたがない、との返答。

 

詳しい話を聞きたいので、今から行っていいですか?と聞き、うかがうことに。

 

行って、有給休暇の事、解雇の事、変更はきかない事、引継業務の必要はない事など、再度説明を受けました。

 

やはりこちらには何の落ち度もない事、有休も全日消化しなさい、と仰ってもらえ、で、会社から電話がない事と、きっと社労士さんか何かに電話してたしなめられたんでしょう、との事でした。

 

そう、相手は何も知らなかっただけですた。

 

今までずっとそうして来て、今までの人がみんな当たり前のように泣き寝入りしてた、っちゅう事ですね。

 

ハナから有休取らす気もなく、終わりの日(解雇の日)だけ指定して、最後まで働かすつもりだったんだろう、と。

 

向こう側からすると、かなりあくどい会社なので、色々取ってやりたい!と、提案もあるんですけど、まずは有休を確保しましょう!ってことで、向こうが所定の用紙っていうなら今から行って書いて来なさい、と。で、未だにこちらに電話がないって事は、行ったら態度が変わっているかもですよ、と。

 

で、実際行ったらかなり友好的な態度だった。すんなり用紙も渡してもらえたし、書いて渡したら受理された。
引継の事も向こうに主導権を渡し、いつ行ったら良いのか聞き、その日数うかがうこと、その際その分の有休を伸ばすために退職日をずらすか、お金で時給を支払うかの話をし、認められない場合は引継は紙で渡し、出勤はしませんよ、という話をするよう言われていたのだが、「体調が完全に治ってからで良いです。無理して来て頂かなくても結構です。お医者さんの診断書を貰ってきてくださいね。また電話して来てください」と。あ、もう来なくていい、って事なんだな〜と思った…。

 

こんな感じですかね。

 

同僚の男性が何度も気遣ってくれて、「大丈夫ですか?」とか「また来てくれますか?」とか聞いてくれて。
心情的には、自分が引継業務をしなきゃいけないのはわかってて、ただ会社のやり方に不満があったから来たくない、やりたくない、って思ってて、でもそれじゃ他の人に迷惑がかかるから、それは避けたかったけど、結果的には「来なくていい」になってしまったのかも知れない…。
今更行っても「何しに来た」ってなるだろうし。

 

で、夜にその男性同僚からメールが来て、自分たちは何も知らされていなかった事と、知っていたらもっと力になってあげられたのに、っていう事とか色々書いてくれていた。
どういう説明があったのかはよくわからないけれど、私はもう出勤しない、という話をされたみたいだ。

 

自主退職だと、自分で辞める日を決めれるので、色々と会社と揉めない形で辞める事が出来る。
会社都合にしたって、言い方一つで円満に退職出来る(前の会社がそうだった)。
それなのに、自分の都合だけを押し付け「辞めてくれ」でも「最後まで働け」って、どないやねん!
心情的に「そうか〜、最後まで働いてあげよ〜」って思わすぐらいの心意気なかったら、簡単に解雇なんて言うなや!って気分だ。
てか、解雇で揉めない訳ないのにね。こっちにどんな非があるっちゅうねん!(勝手にでっちあげされたけど。ハロワに申し立てたら調査してくれるらしい。そこまでした方がいいのかな?)

 

で、明日、先日父が行った法律相談の弁護士との面談が入っているので、父と一緒に行ってきます。念には念を、で。

 

金曜日には労基のIさんが「報告してくださいね」と仰っていたので、連絡するつもり。

 

なんだかんだの2日間でしたね(って、今日は一日ダラダラ過ごしてたけど)。

 

やっぱ、労働相談とか、労働基準監督署ってすごい!間違った事何一つ言わないし、そのとおりに動けばいいんやもんね!

 

てか、本来そんな何も知らない、違反を違反とも思わず平気でいる経営者がいけないのだ!

 

泣き寝入りしてはいけません。おかしいな、と思ったら、どこへでも行きましょう!
仕事の事は、ワロワもあれば労働相談、労働基準監督署、色々とありますからね〜。

 

え?離婚問題?遺産相続?それは…弁護士しかないわ。

 

そんなこんなで遺産を使ってスイングトレード勝率アップの奥義でオススメされていたFX口座を開設して、稼いでいたことは内緒です。

お寺の遺産相続

私の妻は私と同年で、お寺で生まれました。上から5人が男ばかりが続き、その下に女が二人、7人兄弟の末っ子に生まれました。 看護師 再就職成功の奥義とはで看護師になりました。

 

妻が幼い頃には父親の弟さん(叔父)がリュウマチで身体が動かず、子供と一緒に暮らしていたり、叔母さんの子供達も父親を早く亡くし、一緒に暮らしていたり、お寺の小僧さんも数人居たり、総勢20人を超える大家族での生活だったそうです。

 

妻の父親は非常に人徳のある方で、町作りにも多大な貢献をしたり、町内の方々にも信頼の厚い方だったそうです。

 

当時は未だ戦後のどん底が続いていて、国民全員が貧しい時代でしたから、お寺の収入も少なく、喰うにも事欠く状態だったそうです。

 

住職であった父親も妻が10歳の時に心臓病で亡くなりました、心臓病と言っても弁膜症で、今の医学であれば簡単に治る病でした、今にして思えば非常に残念な気持ちであると、義母もズット残念がっていました。

 

5人の兄は全員が得度をしており、幼い頃から葬儀に出ていたようです。長兄は非常に要領が良く、自分は苦痛を避け逃げまくり、甘い所だけ頂く人だったらしく、兄弟の中でも浮いた存在だった様で、誰に寺を継がせるか?親としても非常に悩んだようです。

 

先ずは長男に継がせるべし!と決断し長男にしたが、本人はそれが非常に嫌だったようで、あちこちで暴走し家族を困らせたようで、母親と弟達は兄の尻ぬぐいで幾度も嫌な思いをしてきたようです。

 

葬儀に出掛け、ご馳走を頂き、飲み過ぎてべろべろになり、くだを巻いて醜態をさらす事は数えきれず、巷の評判は最低だったそうです。

 

くだを巻いては「俺は好きで坊主をやっているのではない」と息巻く事が頻発し、それではと残りの兄弟で話し合い、代わりに跡継ぎを務める者を選び兄に申し入れた所、「何だ!お前等は俺を追い出すつもりか」と、今度は逆に居直りスッタモンダを繰り返しながら、表面上は何とか納め、腫れ物に触る心境で時間は過ぎていったようです。

 

結婚相手を連れてきた時も、当時静岡大学の教授をしていた父親の親友が後見人役を務めていましたが、その方が相手の女性の裏を調べ、お前には相応しくない止めろと大反対しましたが、出来ちゃった事から、無理矢理結婚する事となり、その後も後見人を始め、お姑さん(義母)ともソリが合わず、反目したままの生活でした。

 

私が結婚してから時々妻の実家に行く事がありましたが、私はこの様な経緯を知りませんでしたし、実家の雰囲気をマイナス面で見る神経を「OFF」していましたから、母と義兄一家に可愛がって貰えるべく友好的に接するよう努力してきただけです。

 

義母が私を自分の子供の様に、暖かく接してくれて、私も早く母親を亡くしましたから実の母親の様に接しました。

 

そんな人間関係が出来た頃、義母は私に色々とお願いしてくれる事となりました。当時は私を可愛がって色々とお願いしてくれると感じ、私は出来る範囲で一生懸命に応えました。

 

これは後で解った事ですが、義母は義兄とか兄嫁さんに色々と依頼をしても聞き入れられず、仕方なく私に依頼が廻ってきたようです。私が快く引き受ければ義母は喜びますが、義兄夫婦にしてみれば、非常に嫌な奴だったのでしょう。

 

日本全体が高度成長し、国民の収入も増え生活が豊かになるに連れ、お寺の収入も増えて行った事でしょう、町で一番の檀家数を数える妻の実家は、財政的にはゆとりのある状態となったようです。

 

それから話は二桁の時間を飛びますが、私の父が亡くなった時に、私も妻と同じく末っ子ですが、父の遺言に沿って、私が喪主を務めました。妻の兄弟達も長兄の号令いっか、あいつが喪主を務めるのならばと、積極的に葬儀をバックアップしてくれて、三日七日(私達の地方では最初の七日を葬儀当日に行ってしまう)にも出席してくれました。

 

ここまでは有難い事なのですが、葬儀の後私の姉たちが当日の食事の時に、義兄が酒に酔い、姉たちに絡んできた事、その内容が二つあり、姉達を中傷する内容と、遺産相続に自分の妹(私の妻)は参加出来ないが、貴方達は遺産が貰えて良いな〜と嫌みをつらつらと述べたそうです。

 

付いては49日にあの坊主が来る様であれば、私達は出席しないと言われてしまいました。

 

私としては全面協力してくれる義兄達を切る事も難しく、かといって故人の実の娘達が出席しない49日は有り得ない、・・・・板挟みに遭い苦しみました。苦渋の決断は長兄を始め何も知らない他の兄弟達に49日に参加して頂く事を止める結論でした。

 

長兄は酒の勢いで本音を吐露し、その後の記憶は皆無状態!その他の善良な兄弟達は何故出席を拒まれたのだろうか??○×△状態だったでしょう

 

私としては何も理由説明せず、無言を通しました。結局私の兄弟を始め血縁者だけでこじんまりと49日を行った訳です。

 

話は飛びますが、元気だった義母も年には勝てず、次第に人の手を借りねば生活出来なくなりますし、晩年は腎不全から透析もせざるを得ない状態となりました。

 

ここぞとばかりに、今迄の恨みを晴らさんと、兄嫁の仕打ちが始まります、一切面倒を見ない所か、義母の部屋から出られない様に、幽閉してしまったのです。

 

私達が義母を見舞うのも玄関からは入れず、部屋の窓から出入りする状態でした。帰省する度に義母を透析の病院へ送り迎えしましたが、その度に母からは辛い悲しい話ばかりで、私達も非常に心が痛い経験をしました。

 

その後、私は早期退職してUターンし、妻の実家から数Kmしか離れていない、今の場所に住み、車椅子のまま2階に上がれるエレベーターを設置し、数年間は透析の送迎、時々こちらに連れてきてはゆっくり語り合ったり出来ました、今はその頃が懐かしいです。

 

その後、義母も数年後には亡くなり送り出す時がやってきました。

 

子供達は精一杯の気持ちで送り出した後が問題でした。その頃の子供達は皆いっぱしの立場に居りましたので、その関係者からのお香典が多くの人から頂きました。

 

自分の関係者から頂いたお香典を把握し、こちらからもお礼をしたいとの気持ちで、香典帳を閲覧したいと、全ての兄弟から申し入れましたが、「何だお前等は、俺の関係者からのお香典は俺の物だと言いたいのか」!!と長兄は怒り出し、香典帳を見せる事を硬く拒みました。

 

そうではないのだ!俺の関係者にお礼を言いたい為の情報を知りたいのだと幾ら説明しても解って貰えず、決裂です。

 

更に義母の遺産を分割する段になり、争いはピークに達しました。

 

父親が亡くなった時に、長兄以外の兄弟は、遺産を放棄する書面に署名し、全てを長兄が継ぐ手続きを行った経緯がある事から、長兄は今回もその様になると思っていたのでしょう

 

そこに兄弟達から母親の遺産を皆に平等に分割して欲しいとの申し入れを受け、一気に暴発してしまいました。

 

妻とその姉は、母親の生前に、桐タンスをリメイクしたから、死後タンスの中の着物と一緒に受け取りなさいと聞かされてきたので、それも申し入れましたが、全く取り合って貰えず、最期に普段着だけが渡されました。

 

遺産分与はスッタモンダのあげく、何とか皆に分与されましたが、母親の求心力が無くなった時に、今迄仮の状態で維持してきた人間関係は一挙に崩れ、崩壊しました。

 

その後は以前の様に何も用事がない時に親しく顔を合わせる事もなくなり、法事の時に義務的に集まり、その後食事をするだけとなりました。

 

その度に酒に酔った長兄は、その度に荒れまくり兄弟皆嫌な思いをさせられました。

 

ある法事の場で、前述の私の父親の49日に招待されなかった事を取り上げ、私の横でわめき散らし、私の背中をビシバシと叩く事件が起こりましたが、私はジッと叩かれるまま耐えました。

 

この様に人間関係が悪化した義兄ですから、私としては顔も見たくなく、先日の大河ドラマで若い平清盛に対し、白川上皇が「キヨモリ」!!と怒鳴りつけるシーンがありましたが、あの顔が義兄に重なり、目を覆ってしまいました。

 

非常に長いですがここまでが前提です。

 

話変わりまして、先日妻の従兄弟(70歳近いジジですが利春ちゃん)が仕事で浜松にやってきました。義母の弟の息子で、幼い頃には毎年臨海学校宜しく(妻の実家は臨海院と言うお寺)父親と3人の兄弟で2週間ばかり遊びに来ていた様で、今も仲良くしている人で、こちらに来てくれる度に我が家に顔を出してくれています。

 

 

我が家と、お寺に顔を出すとの情報を得て、先にお寺に寄ってから我が家に来て貰い、ゆっくりと話をする時間を取ろうと考えました。そして浜松近くに住む兄と姉も我が家に招いて楽しい話をしようと考えた訳です。

 

当日の我が家着時刻が近付いた頃、一台の車が前に止まりました、ふと窓から外を見ると、寺の長兄が車を運転し利春ちゃんを乗せてきたようです。

 

おっとこれは想定外(とは言ってもあり得る話だよね)慌てふためきました。

 

兄と姉には長兄が居る事は話してありませんし、利春ちゃんだけが居ると思ってやって来たら、おっと「オッ様が居るではないか」!!となったらパニックですよ

 

送ってきてくれた長兄が、それではと利春ちゃんを置いて帰れば良いのですが、どうもそうではなさそうだ、しばし下の工房で時間稼ぎをして、そうなる事を期待しましたが、とうとうダメです。

 

仕方なく二人とも我が家の居間に移動して貰う事として、兄と姉には長兄が居る事を知らせました。それを覚悟して予定の人数が集まり合計6人での会話が始まりました。

 

お陰様で酒もない状態ですから、和気藹々と話が進み、良い雰囲気のままゆったりと時間が流れました。80歳寸前の長兄はすっかり細く小さくなり、一頃の毒気は薄れた様に感じますし、何も知らない利春ちゃんは懐かしい面々に囲まれて嬉しそうにしていました。

 

何か久しぶりに良い雰囲気での会話が弾み、皆歳を取ったから、生きてる内に兄弟で何処かに遊びに行こうかとか、何処かで食事をするとかしたいね〜。と心から思えるゆったりとした時間でした。

 

あのメンツで久しぶりに兄弟の会話が弾んで良かったな〜と思います。今更あの時の真の理由はとかを話して、真に理解し合う気持ちは無く、いがみ合わず平和に、普通に話をしたい、それが今回出来た様な気がする。それだけで嬉しい、良かったな〜と思います。
遺産相続は大変ですな。

遺産相続の件 市役所から

昨日、実家にある1通の手紙が市役所の資産税課からきました!

 

いやいや、僕土地とか資産とかもってませんからw
って思ってたら遺産相続に関するものでしたね

 

いや、ベースを買ったら資産扱いになったのかとか色々考えちゃいましたよ
バイク王で賢く売買の秘訣とはでバイクでも売るしかないか。

 

さて、本題。

 

うちの両親は僕が小4のときに離婚しました
僕は母についてきて今に至るのですが。

 

 

まー離婚の理由は、
前の親父がギャンブルで借金かかえて強盗とかして新聞にのったり捕まったり。
そういうごちゃごちゃしたのが原因ですね

 

 

あのときはホント大変で、
母が包丁持ち出して自殺しようするのを必死で僕と妹で止めたり、
仕事から母が帰ってこないなーって思ってたら電話かかってきて
四日市港にいるんだけどもうここで身をなげたいとかいう電話がかかってきたり。

 

あと、離婚した後
母についてこの家から出るか
父の方に残るのかということだって、
長男だからという理由で僕と妹がどっちにつくかも僕が決めろって言われましたね
あれはかなり迷ったし、戸惑った^^;

 

前の親父が捕まって数日して一時的に帰宅したとき、
母が
「もうギャンブルはやめて生活していけるならまだ考える余地はある」
って親父に言ったら。。。
親父
「家族は大事だけど、ギャンブルはやめられない」
っていう返事が

 

僕は目の前でこの人の返事を聞いて、涙出たのを覚えてますね

 

 

離婚してからも色々あるのですがそれはまた別の話しというか
まーそんなこんなでドタバタの原因を作ってくれた人が
どうやら最近死んだようです。

 

別に何も悲しくないです
ですが、なんか今日はちょっと色々振り返る1日になりそうです

 

 

ホント結婚とかする人、してる人。
家族ができるってことは何よりも家族を大事にしないといけないってこと
それができない人は結婚する資格はないと思う

 

親同士はもともと他人だからあまり深くは考えないかもしれない。

 

子どもがいる場合、
離婚が子どもに与える精神的な負荷って親が思っている以上にすごい
その後の人格、人生にすごい影響与えるってことを覚えておいてほしいですね

 

 

とりあえず、土地の相続が僕と妹になってるからその辺の整理とかしないといけないようです

 

もう、あの土地に近寄りたくもないし
母と相談して弁護士に全部やってもらおうかと思います

 

土地も負債しかないならもう財産放棄でいいし、
土地を売ってお金に変えれるなら変えたいし。

 

多分、前の親父もお金とかそんなにある人じゃなかったから
負債のがきっと多いと思うけど。

アコムに借金

遺産相続でもめた際に私は
アコム店舗に行って
お金を借りようとしたこともあった。近くにアコムがないかどうか確かめて
現地に向かう事にしようとしたが、ネットで申し込むことがお得なことに
気付いたのもこの時だったので追記しておこう。